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February 2008の記事

February 29, 2008

SESSION #154 「旅の最後はナド・アルシバ」

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もうドバイへ行っていたのは二週間も前のことなのですが。

これだけは書かないわけにはいかないので、ドバイの競馬場のことを。

競馬ファンならば、おそらくほとんどの人が知っているドバイのナド・アルシバ競馬場。

今回の旅行で、ちょうど運の良いことにドバイ滞在日と競馬場の開催日が重なったので行くことができました。

当初、競馬場で夕食をとる(ドバイの競馬場はナイター開催)という予定で、地元のツーリストにディナー付きの指定席スタンドを申し込んだところ予約でいっぱいということで、それならば指定席のみでということで、ミレニアム・グランドスタンドのラウンジシートの予約をとったのだったが。

いざ、スタンドの席へとむかってみると、そこはおシャレに着飾った白人たち(まちがいなくイギリス人だ!)の社交場で、東洋人などは自分たち夫婦のみ。

みんなラウンジでお酒を飲み、レースの時間になるとコースの見えるテラス席へ移動して競馬を見物するという場所。

こりゃ、競馬場ではなくサロンじゃないか。

こ、これは失敗した。 わざわざ日本で競馬を打つ時と同じく新聞を片手にハンチング帽をかぶって乗り込んだ自分はあきらかな場違い。

もしかして、間違えてディナー付きの席が予約できちゃってたら、いったいどんな世界に放り込まれていたのかと思うと、ちょこっとだけホっとしたわけですが。

なんとなく、競馬駆け出しのころエプソムとかロイヤルアスコットとかのイギリスの貴族競馬に憧れた事もあったけど、そんな場所に日本人が入ろうものならば即座に異端の目で見られてしまうということがハッキリとわかりました。

もし、この環境をプレッシャーの思わない日本人がいたとしたら、それはよっぽど高貴な家にお生まれのかたか、それかただのバカかのどちらかに間違いない。

一昨年の凱旋門賞のとき、ディープインパクト騒動でフランスのロンシャン競馬場で大騒ぎをした日本人はいったい何を競馬場で感じ取っていたのかをちょっと知りたくなったが。

で、そんな居心地の悪いラウンジからは退散して一般席に陣取ってレースを見てたんですが、隣の席に座っていたアラビアンなおじさんが笑顔で、「ニーハォ!」と挨拶してくるので、「ジャパニーズだよ!」と言ったら、「オレはイラン人なんだけど日本が大好きだよ」と言って、お菓子をくれました。

はやり、競馬場はこういう人たちがいる場所のほうが居心地がいい!

この日のメインレースはUAE2000ギニー(G3)。

勝ったのはオナーデビルという馬。

いずれこの馬が、UAEダービーを勝って、いつかジャパンカップで日本に遠征してきてくれたら、ちょっとうれしいかも。

そんなことを考えるヒマも無く、このレースの4時間後には自分は日本に向かう飛行機の中。

そして、中部国際空港につくなり、あの忌まわしい検疫でのインフルエンザ事件へと続き、この旅は幕を閉じるのでした。

(写真はメインレースUAE2000ギニーのゴール前)

February 24, 2008

SESSION #153 「ドバイは魅力的な都市なのだが…」

153_4638今回の旅行。

「ドバイとトルコに行ってきました」 と、世間的には報告していましたが、合計9日間の日程で、

日本 → ドバイ → トルコ → ドバイ → 日本

と、いう行程。

要はトルコがメインで、飛行機の乗り継ぎ地点としてドバイにも立ち寄ったというのが真相だったりします。

しかしちょうど自分が出発するのとほぼ時を同じくして、神田うの嬢がドバイへ新婚旅行へ出掛けたというニュースが流れていたため、まるでそれにあやかったかのようなに思われてしまったような感じもあり。

そういえば、自分も神田うのも昨年のまったく同じ日に挙式してたりします。

旅行も式も、かかった費用は天と地との差があるんですが。

さて、ドバイ。

飛行機の乗り継ぎでちょこっと立ち寄るだけの場所なんですが、実際には合計ほぼ丸二日ほどドバイには滞在してました。

写真にあるのは有名な五つ星とか七つ星とかのホテル。

上の写真がブルジュアル・アラブ。

高さ321メートルで海の上の人工島に浮かぶというとんでもないもの。

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これはジュメイラ・ビーチホテル。

リゾート設備が満載で、長期滞在に人気の豪華ホテルらしいです。

写真に撮っただけで、自分が泊まったのはもっと普通なホテルでした。

市内は巨大なビル群が立ち並ぶというのに、さらに開発も進んでいるみたいだし。

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この国に遊びに来る人は、観光が目的でなく、みんなリゾートが目的でして、金も無ければそんなに派手な遊びも好きでない自分は特にやることがなく、なんとなくショッピングモールに出掛けては売ってるものの値段を見て、

「高いーーーー!」

と、叫ぶくらいしかすることはなかったです。

ドバイでいちばん面白いと思ったのは、マクドナルドでマックアラビアというメニューを見つけたときと、今月のハッピーセットのオマケがドバイでも「キティちゃん」と「ソニック」だというのを知った時。

東西文化の融合を目の当たりにしました。
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街はきれいだし、治安もいいし、それなりにいい国だとは思うのですが。

もっとも、一泊くらいしかしないんじゃ遊ぶにもできることが限られてしまうし。

行きと帰り、二度ほどこのドバイに立ち寄ったんですが、二度目の時はすでにインフルエンザの病に体を犯されかけておりほぼ半日ほどホテルのベッドで倒れておりました。

しかしドバイに来た以上、競馬場だけは見ずには帰れまいと心に誓いながら・・・

February 22, 2008

SESSION #152 「トルコにも競馬はある!」

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一般的には馴染みは無いのだが、トルコにも競馬はある。

そもそも、サラブレッド三代始祖の一頭「バイアリーターク」は、その名の通りトルコ生まれのターク種であるからして、トルコはサラブレッド生誕の地のひとつと言ってもいい。

が、日本の競馬とはほとんど関わりがないせいか、わが国では認知度は極めて低い。

認知度は低くても、トルコ競馬の賞金は意外に高く、トプカプダービーやボスフォラスCなどヨーロッパでもトップクラスの高賞金レースもあるので、世界的にはそれなりに認知度は高いみたい。

要は、日本の競馬はレベルは別にして賞金だけは高いために、日本の競馬関係者にしてみればあんまりトルコには目が行かない、というのが真相なんでしょう。 

で、そのトルコ競馬。

イスタンブールやアンカラなど、トルコ国内に7ヶ所くらいあるらしい(これは調べたのではなく、マークカードの場外欄が7つあった)が、幸運なことにたまたま自分が滞在している日にイスタンブールの競馬場で開催があったので、これは千載一遇のチャンスと思い、無理は承知で嫁にお願いして行くことに。

まさに、新婚旅行にあるまじき行為!

しかし競馬打ちとしては背に腹は変えられない。

イスタンブールの市街地からトルコ国鉄で約30分ほど、イスタンブールのヴェリフェンディ競馬場へ。

トルコ国鉄の在来線は、いかにもダウンタウンにむかうローカル列車という感じで、暗く汚く、もちろん観光客の姿は一人もいない。

車内ではボールペンやレモンの搾り器を売る行商人や、ティッシュやタバコを売る貧しい少年なんかが徘徊をしており、観光地ではないトルコの姿を見ることができた。

競馬場自体は、思っていたよりも大きく、雰囲気なんかは日本の競馬場に似ている。

競馬新聞もちゃんと売っているし、マークカードで馬券を買うというシステムも、まあ一応は近代的だ。

いかんせん、自分が行った日は平日の重賞も何も無い日だったので、「とりあえず」行ったというだけというのがちょっともったいなかった。

が、これが自分にとっては記念すべき海外競馬の初体験。

記念すべき第一歩をトルコの地に刻んだとさ。

February 21, 2008

SESSION #151 「ベリーダンスとセマーダンス」

151_4766トルコといえば、ベリーダンス。

もともと「ベリー」とは「お腹」という意味でして、あの独特なお腹のを動きからその名がついているのです。

そもそも、ベリーダンスはトルコが発生の地ではなく、古くは紀元前のエジプトの壁画とかにもそのルーツっぽいものが描かれているし、現在もエジプトや中東の諸国に行けば観光客用に踊っているものはどこでも見れるます。

その中にあってトルコのベリーダンス、すなわち「ターキッシュ・ベリー」は中世以降トルコを支配したオスマン帝国の大奥、いわゆるハーレムの中の女性たちに踊られることによって発展したという歴史と、現在も他のイスラム諸国よりも女性解放が明らかに進んでいるトルコの国内事情などからして、どうやら他国のベリーとは一線を画すものらしいです。

要は他の国のベリーダンサーよりも肌の露出が多く、動きも大きく多彩で色っぽいというわけ。

うーん、魅惑のターキッシュ・ベリー

音楽的なことをいうと、トルコの舞曲は現在もトルコ国内に数多くいるジプシーたちの影響と、もともとのトルコの伝統音楽との融合とかもいろいろあって、踊りの曲ひとつとっても変拍子ばかりで、ちょっと聞いただけでも難解さがわかります。

なんか9拍子とか11拍子みたいなのばっかりでした。


ベリーダンス以外に、トルコの民族舞踊みたいなものをいろいろ見たのですが、その中で強烈だったのが「セマーダンス」!
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トルコの奥地に伝えられる神秘教団「メブラーナ教」の舞踊でして、白い装束の集団がクルクルと旋回しながら踊る回転舞踊で、回転するうちに頭がトランス状態となり神と同一化するというかなりカルトな宗教。

トルコ共和国が民主化したときに強制的に解散されたのですが、現在も伝統文化として観光用に踊りだけは残ってるみたいです。

このセマーダンス、確かに動きも何もかも怪しい!

国が解散させたのもなんか納得できるくらい怪しい。

しかし、この怪しさはただ事じゃないとおもい、このメブラーナ舞踊の音楽CDを買ってきてしまいました。

家で聴いてみたが、やっぱりただ事ならぬ怪しさ!


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この左の写真は、ベリーダンスのバックで演奏していた楽団の一人が持っていた楽器。

これは、メタルクラリネットですね。 たぶん。

ちゃんと現役の楽器として使用しているところは初めて見ました。

February 20, 2008

SESSION #150 「深夜特急、西へ」

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トルコの最大都市イスタンブールと、首都アンカラは距離にしておよそ500キロ。

この二つの都市を移動するのに、たいていの人は安くて早い高速バスを利用します。

時間はおよそ6時間、値段は日本円で2000円くらい。

現在は新幹線のようなものを通す計画もあるらしいのですけど、いちおう今も鉄道での行き来も可能。

と、いうことでこのアンカラとイスタンブールを結ぶ「アンカラ・エクスプレス」という夜行列車というのにも乗ってみました。

所要時間は約9時間で、値段はバスの約2~3倍なため、地元のビジネスマンか海外からの旅行者しか使う人がおらず、いまいち不人気な「アンカラ・エクスプレス」。

自分が乗った日も、自分たち以外にはちょっと離れた車両にJTBの日本人ツアーの一団が乗っていたというくらい、日本からの旅行者にとってはおなじみの存在らしいです。

自分の乗ったのは二段ベッドになった寝台車両。
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お世辞にも広いとは言えないけども、横になって寝れるぶん深夜バスよりはだいぶマシかな。

いちおう各個室に洗面台も冷蔵庫もついてました。

食事はちゃんと食堂車があって、不自由することは特に無し。

各車両のすべての窓には、トルコ国旗の月と星が描かれており、なんとなくトルコ国鉄のプライドみたいなものを感じます。
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夜10時半にアンカラを出発し、次の日、空が明るくなり始めた朝8時ころ、

「イスタンブール イスタンブール!」

という、車掌さんの声が聞こえてくれば、この深夜列車の旅も間もなく終点。

イスタンブールにむかう寝台列車といえば、方面こそ違えどかつてはオリエント急行が世界的に有名でした。

オリエント急行でイスタンブールを目指した昔の旅行者たちの気分が、ちょこっとだけ感じられたかも。
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February 19, 2008

SESSION #149 「アナトリアは赤い河のほとり」

149_4791トルコの首都はイスタンブールでは無くて、アンカラ。

イスタンブールから東に500キロほど離れたトルコの中央部、アナトリアと呼ばれる地方にあります。

このアナトリア地方はイスタンブールより歴史は古く、今から4000年くらい前に、ヒッタイトという文明が栄えたのが起源のようです。

この写真はトルコでいちばん長い通称「赤い河」と呼ばれるクズル川。

ヒッタイト人はこの河が運ぶ赤い土を使って土器を焼いて栄え、やがて人類で初めて鉄器を造る技術を身につけメソポタミアを征服した、というのは世界史で習ったこと。

篠原千絵の「天は赤い河のほとり」というマンガを読んだことがある人は、そのあたり覚えているんじゃないでしょうか。

アンカラの中心部以外は、イスタンブールに比べれば相当な田舎なアナトリア地方。

しかし、田舎だからこそ世界遺産に登録されている場所もあり。

首都アンカラからさらに300キロほど南に下った有名なカッパドキア地方。

奇岩地帯で有名なこの場所は、かつて迫害を受けたキリスト教徒たちがこの奇岩地帯の洞窟に隠れ住んで形成された都市で、現在も洞窟のような住居に人も住んでいるという所。

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荒涼とした岩山と、洞窟住居の窓が点々と並び、山の上には岩作りの神殿が。

写真のとおり、これはもう、なにかファンタジーの世界のような場所でした。

いつか、あの山の上の神殿に神の鳥か龍でも舞い降りるんじゃないか、と。

イスタンブールの街が「魔女の宅急便」ならば、こちらは「風の谷」かそれとも「天空の城」か。

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しかし、こんな偏狭の地にもやっぱり攻めてくる者もいたらしく、その時は何千人といる谷の住人が一斉に、隠された地下都市へと潜り身を潜めたらしいです。

右の写真はその身を潜めたというカイマクルの地下都市。

これはもう、本当にファンタジーの世界だ!

February 18, 2008

SESSION #148 「坂の上の楽器街」

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♪市場に行く人の波に

 体を預け

 石だたみの街角を

 ゆらゆらとさまよう

 祈りの声 ひづめの音

 歌うようなざわめき


「異邦人」の歌詞が思い浮かぶような異国、イスタンブール。

イスタンブールという街は、海峡によって旧市街・新市街・アジアエリアの3つに分かれており、古い寺院とかが並ぶ、いわゆる最も有名なイスタンブールの街が旧市街。

対する新市街は、その名のとおり旧市街よりは新しい街なんですが、500年くらい前にイタリアの商人たちが住み始めたのが現在の新市街の起源らしいんで、やっぱり中世の雰囲気を残した古い街です。

で、この新市街のちょうど真ん中あたりに欧州で最も古い地下鉄が1区間だけ走ってます。

その地下鉄駅付近には南に歓楽街、西に電器街、北に楽器屋街、その先にサッカーのスタジアムという感じに街が広がってるんですが、なんだかこの広がりかたって方角こそ違えど東京に似てません?

日本橋あたりを中心として、南に歓楽街の銀座、北に電器街の秋葉原、西に楽器屋街の御茶ノ水、その先に野球のスタジアム、と。


写真は、新市街にある楽器屋街のもの。

日本の御茶ノ水かそれ以上の数の楽器屋さんが軒を並べてます。

トルコといえばシンバルの発祥地として有名で、ジルジャン社の創業地でもあるのでやはりシンバル系のお店が多いかと思いきや、リュートなどの古楽器からギターやバイオリン、シンセサイザーなどの電子楽器、ドラム、ピアノ、管楽器と何でもあり。

数としては弦楽器系が一番多く、管楽器はどちらかといえば少数派。

でも、オールドっぽいサックスや、メタルクラリネットといった珍品も見かけることもありました。


最初の写真は店で見つけたバリトンサックス。

バリを店頭に並べていたお店は全部で3軒。

行くまではあるわけ無いだろうと期待してなかったので、見つけたときはうれしかったです。

ちなみにメーカーは「J.Michael」。 中国製でした。

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この写真はメーカー不明のサックス。

キーのレイアウトからして50年くらいかもうちょっと前のものと思われるけども。

後に写っているピアノにはKAWAIのロゴがありました。

こちらで売っているサックスはほとんどが東欧のものか、アメリカの廉価ブランドのものみたいです。 値段からしてフランスやドイツ製の楽器はおそらく売れないんでしょう。

February 17, 2008

SESSION #147 「1700年の古都」

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「なぜにトルコ?」

出発前から聞かれることの多かった今回の旅行。

たとえば、
ヒッタイト文明、リキニウスの滅亡、コンスタンティヌス帝の遷都、エフェソス公会議、十字軍の遠征、セルジューク朝、ボスフォラス海峡、コンスタンティノープルの陥落、船の山越え、オスマン帝国、露土戦争、ケマルパシャ、青年トルコ

などなど、高校時代に世界史を受講していた人にとっては、かなり聞き覚えのある言葉、多いんじゃないでしょうか。

それ以外だと、
ケバブ、のびーるアイス、稲本選手のガラタサライ、バイアリーターク、オリエント急行、ジルジャンのシンバル、ベリーダンス

とか。

簡単に説明すれば、4000年前の古代ヒッタイト文明からギリシア時代・ローマ時代・キリスト教社会・イスラム教社会と、ずっといろんな文化やら文明やらが存在した国なわけでして、とりあえず何を見ても面白いか、と。


トルコで最初に着いた地はイスタンブール。


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写真はアヤ・ソフィア聖堂。
元は1700年前に建立されたキリスト教会を、600年前にオスマン帝国がイスラム教会として改修し、70年前からは博物館として使用しているもの。 こんな教会は、おそらく世界でも他に類を見ない。


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こちらは有名なブルーモスク。
イスタンブールを代表するイスラム建築の教会。
建物の周りにある6本の尖塔は、メッカの教会にある7本に次いで二番目の存在というイスラム教会でも世界的な代表格。

なんだか、難しい話はよくわからないが、という人でも、港から続く石畳の坂道や、レンガ造りの家々の間を走る路面電車、丘の上に建つ古い塔。 

まるで宮崎駿の「魔女の宅急便」にでも出てくるような町並みは、そこに立っているだけで歴史を感じることができるような魅力的な場所でした。

いちばん最初の写真はボスフォラス海峡越しに眺めたイスタンブールのアジアサイドです。

日本では「飛んでイスタンブール」の歌が有名ですよね。

あの歌は「光る砂漠でロール」という歌詞が出てきますけど、イスタンブールは港町であって、砂漠はどこにもありませんでした。

February 16, 2008

SESSION #146 「病んでイスタンブール」

716896928_55結婚をしてからすでに数ヶ月が経過しているんですが、ようやく仕事の休みがもらえたので今さらながら新婚旅行なるものに行ってきました。

行き先はトルコ~ドバイ、9日間の旅。

昨夜、中部空港に帰ってきたのですが、どうもむこうを出るあたりから体調が思わしくないなぁと思っていたら、案の定、帰国するなり検疫でストップさせられてしまい、そのまま空港内の診療所へ。

で、診察の結果は欧州型のインフルエンザとのこと。

ウワサのタミフルを処方され、帰宅するなり寝ています。

とはいっても、それほど体調は悪いわけではなく、食事もできるし身動きも取れる程度です。

もうちょっと治ったら、旅行のことをいろいろと書いてみようかと。

(写真は処方されたタミフル。 旅行保険のおかげで無料でもらえました)

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